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zoom RSS 伝説の作家 山尾悠子の新作

<<   作成日時 : 2010/04/18 13:19   >>

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山尾悠子さんの最新作『歪み真珠』を手に入れた。
この人の小説を最初に読んだのは、たしか、雑誌「奇想天外」の最終号(1981年10月号)に載っていた、
「私はその男にハンザ街で出会った」だと思う。
「奇想天外」は安っぽいざらついた紙に印刷され、表紙に「ああ、奇想天外!?」などという特集号のタイトルが入っていて、いかにももうお終いという雰囲気が漂っていた。
それでも、「私はその男にハンザ街で出会った」という小説の、リフレインの多いスタイリッシュな文体と、綺羅びやかな言葉の織りなす世界に私は惹きつけられて、その後ハヤカワ文庫で出ていた『夢の棲む街』を買って読んだりしたのだ。
思えば、その「奇想天外」最終号には、笠井潔の評論「秘儀としての文学」も載っていて、そこにはこんなことが書かれていた。
「文学とは何か。
 それは視えないものを視るための近代における体系化された方法として独自の範疇である。
 (中略)
 私は、なぜ書くのか。
 それは<私>が<私よりも深い私>に出遇うためであり、視えないものを視るためであり、真実の生と死を体験し、生命と宇宙の深淵に闇よりも輝かしい暗い光の炸裂をもって突入するためにである。すなわちそれは、「超越」の道筋を照らしだすための行為なのである。」
この言葉が、山尾悠子の作品にそのまま当てはまるかはわからないが、少なくとも、「視えないものを視る」ことにかけては、この作家の右に出る者がないことだけはたしかだろう。

なぜ彼女は生きたまま伝説になったのだろうか。

1976年に登場したときはまだ21歳で、阿部公房や小松左京、筒井康隆にも評価されていた。
数少ないポートレートからその美貌が話題になった。
極端な寡作だったが、発表される作品の完成度は他の追随をゆるさなかった。
SF誌に発表されていたが、作風は他と全く異なり、SF以外の何かとしか言えなかった。
そして、1985年から、まったく作品を発表しなくなってしまった。

それが、同じSF出身の幻想小説家、野阿梓の励ましによって、
雑誌「幻想文学」での1999年の再登場、
2000年の国書刊行会からの『山尾悠子作品集成』の出版につながっていく。
http://homepage3.nifty.com/Noah/yamaosho.htm

川上弘美の朝日新聞での書評「私などこの半分も書けない」という言葉の衝撃もあって、この8800円(税別)の本は版を重ねた。おそらく、店頭に並んでいる存命中の小説家の本では最高額ではないだろうか。

『歪み真珠』には、再登場したときの掌編「アンヌンツィアツィオーネ」(受胎告知の意)が収録されていて、感慨深いものがある。

今回の最新刊で面白かったのは、「ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠」と「影盗みの話」。

「私はその男にハンザ街で出会った」が、私の山尾体験の原点なので、いわゆる山尾フリーク、構築された人工的な異世界の熱烈な賛美者とは、少し趣味がちがうかもしれないが、ようやく出た新刊を、共に喜びたい。


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国書刊行会
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