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zoom RSS 眼が悪かった?印象派の巨匠達

<<   作成日時 : 2011/01/31 22:13   >>

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先日、子供が私のメガネをあやまって踏んづけ、丸一日メガネをかけない日を過ごした。
いつもと同じ道を歩いても、この世界との距離をとるのが難しい感じがして、少しクラクラした。
ところが。
夜になって、外に出るとアスファルトの上を車のヘッドライトが次々に通り過ぎる。
それはいつもの光景のはずなのに、光がまるで洪水のようにあふれ、はみ出し、眼に飛び込んでくる。
その光の洪水の源は、アスファルトの一角にあるマンホールの蓋だった。
ヘッドライトがマンホールの蓋を繰り返し舐めるように通り過ぎていく。
メガネをかけているときには、そんなことには全く気づかなかった。

アスファルトの坂道には、滑り止めのためにガラス質を混ぜた舗装をしてある箇所がある。
それがまた、ヘッドライトを反射してキラキラと光るさまは、なんともいえず美しい。

遠くに見える街灯は、花のようにひろがっている。
それは別世界へ私を招く入り口のようでもあったが、それを見ていて、印象派のゴッホの絵画を思い出した。
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星が、花のようにひろがっている。
ゴッホは緑内障だったといわれているが、近視や乱視も入っていたのだろう。

近視がひどくなると、ものの輪郭があいまいになり、光や、ものの動きに敏感になる。
たとえば、木漏れ日のあたるブランコ。格好の題材だ。

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ルノワールは近視が進んだため、一度メガネを作ったが、どうしてもなじめず、「自分の目で世の中を見る」とやめてしまった。晩年は目の手術をすべきかどうか、長いこと悩んでいた。

印象派の巨匠モネは、驚くほど光に対して敏感だった。
しかし、ものの動きやゆらぎに対しても同様であったことは次の絵からも察することができる。

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モネも晩年は白内障になり、「睡蓮」のシリーズがそれまでと違って夢幻的なのはそのせいだと言われているが、こんな驚くべきことを語っている。

「自分は盲目に生まれてくればよかった。」

高階秀爾氏の『絵画の見方』の解説によれば、
「盲目に生まれてきて、そしてある日突然目が見えるようになったとすれば、自分の目は、記憶や先入見によって影響されることなく、全く純粋に外界を見ることができるだろう。
 そのとき、自然は何と美しく多彩な輝きを見せてくれることだろうか、 というのが、モネの言いたかったことである。」

初めて生まれてきた人間のように、世界を見ることができればという願い。
それはしかし、ある意味では不安なことでもある。
予め意味づけられている世界から切り離されて、孤独に光の洪水と向き合うという作業。
ここには、世界から少し遠ざかった結果、独自の美を見出した孤独な魂がある。

そして、その発見は、眼がとても良かったことより、おそらく少し悪かったことによって生まれてきたのではないかと思う。

ドガの踊り子。
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彼には外の光がまぶしすぎて耐えられなかったため、室内の絵を多く描いたと言われている。網膜疾患だったのだ。

モネとドガの眼病は、専門医の間では有名で、最近は研究論文も書かれている。
Ophthalmology and Art: Simulation of Monet's Cataracts and Degas' Retinal Disease

彼らはおそらく普通の眼を持っていなかった。それは普通なら画家としては短所でもあったのだろうが、自分を信じてそれを長所にしてみせたところが、非凡だったのではないだろうか。

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