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zoom RSS 1990年代という転換期〜「幸せ」の戦後史(菊地史彦)〜

<<   作成日時 : 2014/08/16 11:30   >>

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1989年11月、ベルリンの壁が崩壊。
1995年1月、阪神大震災。
1995年3月、地下鉄サリン事件。
1997年11月、北海道拓殖銀行、山一證券破綻。
『「幸せ」の戦後史』著者の菊地史彦さんは、1989年に37歳で筑摩書房を辞めた。辞めていなければ、将来は社長というのが衆目の一致するところだったが、菊地さん曰く「あとはイバラの道」を経て、戻ることもできた筈の筑摩に戻ることなく、自分の道を歩いてきた。

できの悪かった後輩の私にとって、菊地さんは都会的なセンスと、誠実さと、大人のバランス感覚があって、羨ましいことずくめだった。菊地さんのイメージは、ブログ「Drop in Bar Bucchi1969」のオシャレな文体そのものだった。
だから、菊地さんが本を書くとすれば、1960年代か、1970年代の東京についての私的なエッセイなのではないかと、なんとなく思っていた。

ところが『「幸せ」の戦後史』の文体はこのブログとはずいぶん異なっている。そして、主な対象として描かれたのは1990年代の日本だった。60年代、70年代の東京はそこに至る過程として描かれているにとどまる。
この文体と対象は、私達の知らない、菊地さんの辿った「イバラの道」の中でつかみとってきた文体であり、対象だったのだろう。

90年代、菊地さんは忙しくて事務所の外に出歩く暇もなかったという。その間に世の中が大きく旋回していた。その間の現象を読み解こうとして、この本に取り掛かったのだそうだ。

私はといえば、1989年11月に、とある市民運動団体の始めたベンチャー企業をやめ、90年代を通して、大手に属する不動産会社に勤めていた。その会社は、21世紀を迎えてすぐ、消滅することになるのだが、90年代はバブル絶頂期の放恣から、バブル崩壊後の混沌と解体への10年間だった。

その10年間に何が起こったか。
私的には年間数十人も大卒を採用して、内定者の拘束のためにリゾート地を連れ回していた時代から、会社本体の見かけの損益をよくするために一時しのぎの事業を編み出し、関連会社にして多数の人員を送り込むような時代に変わった。その会社に人事担当者として送り込まれた私は、数年で会社ごと整理されることになった社員の、行き場のない憤懣を浴びることになった。それは1997年のことだ。

しかし、そうした経験は私だけのものではなく、当時のさまざまの企業で起こっていたことだった。
不動産業界においては、バブル崩壊がその引き金だったが、製造業や金融業の世界には、バブル崩壊と同時にグローバル化の荒波が襲っていた。
その結果生じた社会意識の変化について、本書に詳細に綴られている。
「平成リストラ」、弱者としての若者の狙い撃ち、「日本的経営」の変容。

さらに、オウム真理教事件にも多くの頁が割かれている。

オウム真理教事件は、ベルリンの壁崩壊をもたらした80年代のイデオロギーの終焉に遠因がある。
オウムの元信者たちはなぜオウムに惹きつけられたのか。
「彼らは、オウムが明確で適切な『回答』を提供できる能力を備えていると見た。多くの信者にとって切実なのは、自己と世界の関係の再構築というテーマだった。なんらかの不可解な苦があるなら、それに対するなるべく明快な答えが知りたい。身体的苦痛のような具体的な苦でも、生の倦怠のような抽象的な苦でもその意味が知りたい。もし、苦のおおもとに自己と世界ののっぴきならない関係があるなら、世界か自分のどちらかを変えたい、と思うようになる。
 これは、ふつうの高等教育がついに触れることのないテーマである。また、彼らの親たちにも教えられないテーマだった。戦後日本のキーノートである『豊かな暮らしへの平等・公平な機会』というプラグマティックな理念では、ここに今、生きていることの〈あるいは困難に遭遇してしまった〉偶有性に答え切れないからだ。六〇年代にはまだ威光のあったマルクス主義などの対抗的イデオロギーは、影響力をほぼ失っていた。ゆえに、ここには確かに八〇年代の新宗教が果たした社会的役割がある。」(同書 208頁)

オウム真理教については、私も以前このブログで書いたことがある。
中沢新一とオウム真理教〜80年代をめぐって〜

今でも「生きていることの偶有性」、不条理に答えられる世界観など存在しないのだが、人々はその後の不幸〜東日本大震災や福島原発事故等の不幸を、どのようにしてかやり過ごし、乗り越えてきた。
それはもしかすると、さらに遠い過去から根付いてきた忍耐力や諦観や、礼儀正しさによるものだったのかもしれない。信仰というより、日常のしぐさにも似た、人間関係の美意識。
信仰ほどたしかな根拠にはならないが、信仰を原因とする激しい軋轢も生まない。
それは時代とともに移ろいやすい、微妙なバランスの上に保たれた何ものかなのだと思う。


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