中沢新一とオウム真理教~80年代をめぐって~ (1)

80年代の前半、つまり僕が社会人になりたての頃、
よく電話で話していた女の子は、まだ売れる前の荒俣宏さんのファンだった。
彼女の友達には、早稲田の幻想文学のサークルの学生もいたりして、
当時から『指輪物語』や『ゲド戦記』の話をしていたし、
そのうちの一人はナウシカにはまって、当時ナウシカのコスプレをして踊っていた。
荒俣さんのファンの彼女はその頃、太極拳をやっていて、
「私の太極拳の先生は『拳で人を殺すのは簡単だが、それは決してしない』と言っていた」と漏らしたこともあった。
そんな彼女と、中沢新一の『チベットのモーツァルト』についても話す機会は結構あった。
あの頃、浅田彰の『構造と力』について話すことはあまり格好よいことではなかったし、
それに比べて中沢新一は、自分たちの持っていた「ニューアカデミズム」的教養からははずれたところで、何かを言おうとしているという意味で魅力的だった。
何より、文章に妖しい力があった。
ただ、彼の文章には、物事をあえて突き詰めずにおいて、わざと神秘的な領域を確保しているように思える部分があったし、当時から、彼のチベット体験はフェイクだ、彼は日本のカルロス・カスタネダだという声もあったのだが、それが何か有害な結果を招くとは、誰も予想できなかった。

オウム真理教事件が起こったとき、
これは僕たちの世代が全力で立ち向かわなければならない思想闘争だと思ったのは、
僕を含めてもごく一部の人間だったのかもしれない。
しかし、あの事件は、僕達と後続の世代の持っていた良質な部分を、
最悪の地獄にまで拉し去ってしまった。
そのことをどう整理すればいいのか。
その課題がまだ残っているように思う。
続く

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