中国のオリンピックに寄せて

1年前に出た『街場の中国論』(内田樹 ミシマ社)と、『漢文の素養』(加藤徹 光文社新書)を並べて読んでみた。
「中国」という話題は、どのように話しても日中双方の国からの偏狭なナショナリズムの攻撃に遭いやすく、バランスのとれた独自の立場を構築することがむずかしい。その中で、この二人は「嫌中-媚中」の両極端に組しないサイレントマジョリティに強く支持されている。

内田樹は仏文科出身のフランス現代思想研究者(特にレヴィナス)だけど、「越境する批評精神」とでもいうのか、教育、家族、性、戦争、武道などなど、身近な幅広い分野を、ある一断面からわかりやすく単純化した上で深みのあるコメントを加えるという手法で、読書界の人気を博している。この本も、神戸女学院で大学院生相手にゼミで話した内容を整理したもので、大変読みやすい。
この本は、あとがきにあるように「日中の世界像の<ずれ>」を中心に書かれている。
フランス現代思想は、文化相対主義の総本山なので、ずれている世界像のどちらが正しいかという議論は成立しない。当然、「こんなに違うけど、お互い相手の事情を忖度して、仲良くやりましょうや」という結論になりやすい。実際、著者は「東アジア共同体」構想に賛成し、ローレンス・トーブという未来学者の「2020年頃の儒教圏連合の成立」という予言を、一定の共感をもって紹介している。ここには、著者が自身で言うとおり、素人ゆえの大胆さがある。

加藤徹は1963年生れと、中国文学の専門家としては比較的若く、著書では数行おきに他ではあまり聞いたことのない説を読むことができる喜びを与えてくれる。
たとえば、遣隋使の持参した国書の文言「東天皇、敬白西皇帝」をめぐって、こんな記述がある。
「このとき初めて使われた『天皇』という称号は、中国の神話や宗教に出てくる神の名前であり、正式の政治用語ではなかった。もし「天子」とか「皇帝」という語を日本側が使えば、中国が非礼を理由に使者を門前払いにする恐れがあった。そこで聖徳太子は、「天皇」という変則的な称号を考案したのであろう。」
これは薄々そうではないかと思っていたことをズバリと指摘してくれたので、得心がいった。
また、武士道についても次のように言う。
「日本の武士は、戦国時代までは『切り取り強盗は武士の習い』という言葉のとおり、文化や道徳とは縁遠い野蛮人であった。織田信長は足利義昭を追放し、明智光秀は信長を殺し、豊臣秀吉は信長の孫(三法師)を利用し、徳川家康は豊臣家を滅ぼす、と、下克上の連鎖が続いていた。
徳川家康は、この連鎖を断ち切り、自分の子孫が半永久的に政権を維持できる策略を考えた。藤原惺窩のアドバイスを受けた家康は、ある画期的な構想を抱いた。中国の儒教、なかんずく大義名分論を重んずる朱子学を日本に導入し、武士に学ばせることで、武士を思想改造し、主君に絶対的忠誠を尽くす「日本版士大夫階級」に作り変える。これは信長や秀吉も思いつかなかったアイディアである。」
少し前なら、「日本の武士は戦国時代までは野蛮人だった」というような決めつけには、平家物語や実朝を引き合いに出して反論していたかもしれないが、渡辺京二の『日本近世の起源』を読んだばかりなので、とてもそうは言えない。
加藤徹は『貝と羊の中国人』(新潮選書 2006)では、もっとはっきりこう言う。
「義理、人情、信義、親孝行、敬老の精神など、日本人が『日本的』と思っている倫理観の多くも、中国人と似ている。(中略)実は、日本人が日本人らしくなったのは、江戸時代に漢文の素養を身につけたせいなのである。」

ただ、加藤氏は中文科の出身で、北京大学への留学経験もあり、奥さんは中国人で、明治大学では中国語も教えているという筋金入りの専門家である。現実がどのくらい厳しいかもよく知っている。
「東アジアの国際関係は、今日でも、大人の社交クラブではない。たとえて言えば、やんちゃな幼稚園児たちが椅子にすわってそわそわしているような、幼稚な関係である。こんな未熟な状態で『東アジア共同体』を作ることは、難しいだろう。しかし、子供だからこそ、将来に期待がもてるともいえる。」

私は、文化の交流については、東アジアで無条件に促進すべきだと考えるが、政治的経済的には、共同体など夢のまた夢であり、人の流入についても、野放図に導入することはデメリットのほうが大きいと考える者だ。
「儒教圏」は文化の共同体としては、過去にたしかに存在したし、共通の基盤があったからこそ、台湾人にも「日本精神」が強く印象づけられ尊敬されたのだと思う。
中国は日本にとって、そう言うときついが、過去の自分の長所を忘れ、堕落した本家なのである。
中国人はもう一度、過去の遺産を見つめなおし、長所を取り戻し、東アジアに共通の文化基盤があったことを思い出す必要があるだろう。オリンピックよりなにより、それが世界から尊敬される道であるように思う。

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