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zoom RSS ノーベル賞を受賞すべきだった日本人

<<   作成日時 : 2008/10/13 04:22   >>

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「日本人4人の受賞」という最近になく明るい話題に沸いている日本列島だが、
受賞者の一人益川さんの「ちっともうれしくない」という発言にアレレと思った人も少なくなかったはず。
その心情を忖度した説得力あるコラムを日経ビジネスon line で伊東乾氏が書いている。
「日本にノーベル賞が来た理由」http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081009/173322/

ここで書かれていることは、本来十分なノーベル賞の受賞資格を持っていたにもかかわらず、選考過程で不運にして漏れてしまった人々が相当いるということだ。

古来、日本ではそのような不当な目にあった能力ある人々を、神々として顕彰し、鎮魂してきた。菅原道真の大宰府天満宮がその代表格である。
今回はこのブログで、そのような鎮魂の墓碑銘をまず刻んでみたい。

北里柴三郎(1853-1931 破傷風の病原体培養と抗毒素抽出)
高峰譲吉(1854-1922 アドレナリンの結晶化)
山極勝三郎(1863-1930 人工癌の発生)
鈴木梅太郎(1874-1943 ビタミンB1の抽出)

ここまでは第二次世界大戦前の業績である。
このなかで一番名前を知られていない山極勝三郎は、1915年には世界ではじめて化学物質による人工癌の発生に成功した。当時の選考委員のひとり、スウェーデンのフォルケ・ヘンシェンは来日した際に「山極にノーベル賞を与えるべきだった」と当時の選考委員のミスを悔やんだという。また、選考委員会が開かれた際に「日本人にはノーベル賞は早すぎる」との発言があったことも明かしているという(wikipediaより)。
なお、野口英世は、2回ノーベル賞の候補になっていたというが、今日ではその業績はほとんど評価されていないそうで、オミット。(福岡伸一「生物と無生物のあいだ」参照)

坂田昌一(1911-1970 ニュートリノ振動の予言)
久保亮五(1920-1995 量子統計力学の基本公式「久保公式」の発見)
岡田善雄(1928-2008 細胞融合の発見)
岡崎令治(1930-1975 DNAの合成前駆体である短断片(岡崎フラグメント)を発見)
西塚泰美(1932-2004 プロテインキナーゼCの抽出と機能解析)
戸塚洋二(1942-2008 ニュートリノ振動の観測)=写真
画像

これが戦後の業績。
坂田昌一氏は今年ノーベル賞を受賞した小林・益川両氏の恩師である。
こうして見ると、この中で一番ノーベル賞のイメージに合っている(基礎研究で、広汎な影響を与えた、独創的にして理論的な)業績は、実は久保亮五氏のものではないかと思う。
驚くべきことだが、「久保博士は1979年の物理学賞の候補者に上がっていたのですが、辞退した」との話もある。
http://www.tbs.co.jp/newsbird/newsbird_archive/globe/061204.html
最後の戸塚洋二氏が、生きていれば今年の物理学賞の大本命だったようだ。戸塚氏が亡くなって、顕彰する機会を失ったノーベル財団の後悔の念が、物理学賞を日本人に、という流れをつくったと、伊東乾氏は分析している。

おまけで、文学賞。
安部公房(1924-1993 「砂の女」「他人の顔」「燃えつきた地図」など)
三島由紀夫(1925-1970 「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海」など)

ノーベル文学賞は、受賞の価値があっても知名度が少ない人から優先的に授賞している傾向があるので、
それが日本では川端康成と大江健三郎になるわけで、上記の二人はその傾向の割を食ったといえる。




続きはこちらです。
近い将来のノーベル賞候補(日本人)

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