一秒という神秘についての考察

人間は一秒を時間の最小単位として生活を送っているが、
では一秒は何によって決まっているのだろうか?
一秒はもともと地球の自転周期(一日)÷24÷60÷60で算出されていたが、
地球は歳差運動を起こすのでそれでは不正確だということで、
現在では一秒はセシウム133の振動数で91億9263万1770回分ということになっているそうだ。
このことが具体的にはどういうことなのかすぐにはわからなくても、
原子時計がデジタル的に正確な時を刻み、それが世界の標準時の基準となっているという説明には、なんとなく頷かされるものがある。

小金井にある情報通信研究機構の新日本標準時システム(2006年より稼動中)
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しかし問題は、人間が生活する上での時間の最小単位が、なぜ一秒なのかということだ。
その答えは科学的なものというより、存在論的なものだ。

人間が生まれてくる時、最初に感じる規則的な律動は、母親の心臓の鼓動の音である。
現代人の安静時の心拍数は、男性で60~70/分程度、女性で65~75程度。

生まれたばかりの赤ん坊は、母親が近くにいないときは、心臓の鼓動の音を聞かせてやると落ち着くことが多い。
そしてやがて、自らの心臓の規則的な律動を頼りに、自らの歴史を切り開いていく。それが人生だ。

本川達雄氏によると、野性の哺乳類の寿命は心拍数15億回だそうである(『ゾウの時間 ネズミの時間』中公新書)。人間の場合、心拍は約1秒毎だが、ハツカネズミは0.1秒、猫は0.3秒、馬が2秒、ゾウは3秒かかるという。

ハツカネズミが時計を発明したら、その最小単位は0.1秒になっただろう。ハツカネズミの一生は、人間にとってはめまぐるしいほど早く、そして短い。一生は2~3年で終焉する。
では? 人間の15億回分とは何年なのだろうか? 実は26.3年だそうだ。
この寿命は、縄文人の寿命の推測値(31年)に近い。野性状態ならば、人間もこのくらいしか生きられないのだ。
残りの人生は、文明によって生かされた命、といえるだろう。…

齢のせいか、このブログにはときどき知人の死についての話が出てくる。

いや、というより、私自身が若い頃、この年齢まで生きていられるとは思っていなかった。
それが、間欠泉的に噴出してくる、死についての私の省察の由来である。


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