『奇跡のリンゴ』 木村秋則さんの物語

リンゴの無農薬栽培を成し遂げた木村秋則さんの物語『奇跡のリンゴ』を読む。
驚くべき半生。
私はリンゴ園で育った。木村さんが無農薬栽培に切り替えて、失敗を重ね、極貧生活にあえいでいたとき、私は高く売れるリンゴのおかげで大学に通うことができた。
それを思うと、あの1980年前後に、花の咲かないリンゴの樹を800本も抱えて、3人の娘が1つの消しゴムを分け合うような苦しい生活を8年間も送っていたという木村さんに対しては、誰も真似ができないと感嘆するほかない。
あえていえば、狂気と紙一重の、虚仮の一念。
私は有機栽培のリンゴを扱っていたことがある。しかしそれは無農薬ではなかった。低農薬。完全無農薬のリンゴとは、不可能の代名詞だった。
農薬をやめてしまえば、虫がつくだけではない。リンゴの樹は病気に弱い。農薬なしで腐乱病を抑えることはできない。
木村さんのリンゴ畑も、当然のように全滅の危機に瀕した。害虫が来襲し、多くの樹は病気にかかり、800本のリンゴの樹のうち、400本が枯れた。残った樹も花が咲かず、根元がグラグラするようになった。
木村さんは相当に優秀な頭脳の持ち主だったが、有機農法の基本である土作りに思いがいたっていなかった。そのことがこの8年間の苦境を生み出した。
木村さんがついに死を思い、ロープを持って山に登っていったとき、初めて山の木々が農薬もなく、肥料もないのに立派に育っていることに思い至った。ポイントは土。ワインで言うテロワールだった。

緑健農法のトマトをご存知だろうか? ハウス栽培のトマトで、その葉はしおれていて今にも枯れそうで弱々しく見える。しかしトマトの実にはびっしりと産毛が生え、果物のような深い味わいを持っている。その秘密はなんだろうか。
トマトはアンデス原産で、乾燥した土壌の元でこそ、その真価を発揮する。
緑健農法は、トマトをハウス栽培して雨が当たらないようにし、トマトの原産地の環境に極力近づけ、トマトに長い根を伸ばさせる。結果として、トマトは全生命を賭けて、長く伸びた根から吸収したすべての栄養を果実に集中する。そのときに初めて、味わい深いトマトがなる。
ブドウも同じだ。厳しい自然環境にさらされたブドウのほうが、濃い味わいのワインを生み出す。ブドウもどちらかといえば乾燥を好む果物だ。
リンゴにも同じようなことが言える。木村さんの自然農法にいちばん合うリンゴの品種は、大型で糖度も高いフジでもつがるでもない。紅玉だ。紅玉こそが、今の日本にあるリンゴの中で、最も野生種に近い味わいを持っている。
野生種に近いリンゴは、病害虫にも強い。しかも、テロワールを最も反映しやすい。
肥料を与えられず、長く伸びて樹を支える根から吸収した栄養を、樹の全生命を賭けて、果実に注ぎ込む。そのことによって生まれてくるコクと味わいが、木村さんのリンゴを特徴づけているのだろう。

とはいえ。私も有機農法のリンゴを扱っていたので知っているが、有機農法のリンゴが特別うまいわけではない。葉陰のうらなりのリンゴはどのような農法で作っても美味しくはない。十分に陽光を浴び、適度の水分を吸収できたリンゴだけが美味しい。それは有機農法であろうとなかろうと、ほとんど関係がない。それはほかの果物についても、野菜についても同じことだ。

ほかの果樹ではできていても、リンゴではできていなかった自然農法による栽培を達成したことは、大変な功績だと思う。ただ、それを「奇跡」と持ち上げすぎることは、どんなものだろうか。日本中にいる、自然農法、有機農法のマイスター達の努力を、同じように認めるのでなければ、公平を欠くのではないだろうか。そんなことを思った。


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