自民であれ民主であれ、改革を止めれば失速する(2)

2.財政のリストラと、3.税収の増加については、大衆迎合することなく、やるべきことをやるほかはなく、そのためには民主党は、参議院選挙に勝って単独政権を樹立するほかはない。
また、マニフェストに書いたからといって、大して検証もしていない公約を愚直に強引に実施する必要はない。
たとえば「高速道路無料化」については、すでに「高速道路1000円」で土日の大渋滞を招いているのに、それ以上の刺激策をとる必要はまったくない。

「子供手当て一人当たり26000円」は、今年特別会計等から埋蔵金を発掘して、単年度の帳尻をなんとか合わせたとしても、今後毎年のことであるからには、一般会計でそれだけの余剰金を生み出さなければならない。そんなことが本当に可能なのだろうか?

それに、「2020年までに温室効果ガスを1990年比で25%削減する」という目標は、日本だけで実現するとすれば単なる自己満足であり、しかも本気で実現しようとすれば、産業を空洞化させ、経済に大打撃を与える。

幸い、「「25%削減」は米国や中国などすべての主要排出国の参加が前提であり、「公平かつ実効性のある国際的な枠組み」を構築する必要がある、などと訴える方針」(読売新聞 2009/9/21)ということであり、これからも微妙に現実的な路線に変更されていくことを期待するしかない。

私は思うのだが、本当に小泉改革が格差を拡大したのだろうか
たしかに格差を縮小するような政策はとらなかったが、小泉改革だけが格差を拡大したと考えるのは間違っているのではないだろうか。

「郵政民営化」でなぜ国民が熱狂的に小泉純一郎を支持したかをもう一度考えてみよう。
小さな政府を実現し、官僚による非効率な運営を排除し、民業を圧迫している巨大な官業を、民業と同じスタートラインに立たせることによって、赤字経営から脱却させるという趣旨は、なんら間違っていなかったし、今日でもなお、小泉純一郎の唱えた「郵政民営化」「道路公団民営化」「雇用促進事業団の廃止」などの施策は、中途半端で不徹底なところが問題でありこそすれ、後退すべき内容のものではないと思う。

郵政民営化にしても、たとえば赤字で離島には出店できなくなるのであれば、そのとき初めて政治が補助金などで介入すればいいことであり、その逆ではない。でなければ経営が不健全になり、透明性が低くなり、公平性がなくなり、財政規律がいい加減になる。元の官業に逆戻りだ。

厚生年金会館やウェルサンピアなどの赤字施設を、そのままずっと垂れ流して維持するわけにはいかないことは自明の理だ。もちろん、その施設があることによって維持できた文化活動やスポーツ振興が維持できなくなるとすれば、それはまたそれで別途維持策を考えなければならない。(たとえば2億円のパイプオルガンがついている九州厚生年金会館や、大阪、北海道の厚生年金会館で売却反対の署名が集まっている。)

しかし、それも売却を打ち出さなければ「稼働率は高くても赤字」という現状を解決することはできなかった。
維持すべきものは文化施設として税金を投入してでも維持しなければならない。
しかし、そうでないもの、たとえばリゾートとして活用するには立地に難のある、広大なウェルサンピアの施設は安いからこそ利用されていたので、その採算度外視の安さがなくなれば、利用されるべくもない。そのことを明らかにしなければならないのは、自民党であれ、民主党であれ同じことだ。

真実を明らかにされると都合の悪い政治家があちこちにいる。そこには利権があり、利権があるから献金があるという構図がある。その否定のために政権交代が行われた。利権を温存する構図を維持してしまえば、世論は離れる。そのことを民主党は決して忘れてはならないと思う。

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