訴訟マニアとクレーマー

今日、東京地裁に行ってきた。
ばかばかしい訴訟を傍聴しに行くためだった。
といって、私は好きでばかばかしい裁判を聞きに行ったのではなく、
会社が訴えられたので、やむをえずその決着をのぞきに行ったにすぎない。

原告は代理人を立てず、本人訴訟だった。
傍聴した内容では、原告の主張は矛盾だらけで荒唐無稽。
「わかりません。」「忙しかったので覚えていません。」
「契約しているはずです。契約書を作っているとすれば、戻って探せばあるかもしれない」
なんだそれは。そんなことで訴えるか?

楽勝の裁判だった。
「最近こういうの多いんですかね」と聞くと、弁護士は苦笑いしていた。
なんだか若い弁護士の研修のために、裁判をやっているような感じで、ばかばかしいことこの上ない。
こんなことなら、こちらも代理人を立てなくても、と思うが、
書証をあれこれ用意して、ガードを固めて、と不慣れなことをやるのに準備がいる。
まったく、訴えられ損だ。

この手の本人訴訟で被告になったことが、この1年で5件ほどあり、全部問題なく勝訴しているが、
訴状が届くまでなぜ自社が訴えられなければならないのかわからず、
訴状を読んでも、なぜこれで訴えるのかよくわからないケースも多い。

本人訴訟は手数料数千円で済んでしまうから、暇だけはある人間が、会社にダメージを与えようとすれば、
手っ取り早い方法ではある。しかし、本人にとって何が得になるのか、理解に苦しむ。

ただ、訴訟は宣誓をしたうえで、理性的な法廷で書証にもとづくやりとりがされるのだから、
相手が多少おかしくてもなんら問題はないし、訴訟が増えると会社の懐具合が気になるだけで、たいしたことはない。

しかし、度重なるクレームになると、それが元で社員がウツになったり、対応に思い切り時間をとられたり、悪くもないのに相手が客だからという理由だけで謝らなければならないこともある。
この10年間で、印象だけではあるが、些細なことに執拗にこだわり相手をやり込めるクレーマーが、ほぼ倍増したように思う。
以前は、50人に一人はクレーマーというイメージがあったが、今では20人に一人はいるのではないかという感覚がある。
5%。気が変とは言わないが、境界例がそこここに転がっている感じだ。

日本人が劣化したのだろうか? それとも人びとがどうでもいいことにエネルギーを注ぐようになってしまったのだろうか。

最近感じるのだが、リタイアして暇になった団塊の世代ほど、やっかいなものはない。
よくしゃべるし議論好きなのだが、人の話を全然聞いていない人が多い。
よくしゃべるこの世代の人達に同席すると、「15分」と言っているうちにすぐ2時間経つのだが、終わってみれば何の話をしたのかわからないことも多い。しかも決して楽しくない。「忍耐の時間」と言ってもいい。
こういう人がデイトレーダーや不動産投資などをしていると、もう、どうしようもない。

できることなら、国外に行ってもらって、老年海外協力隊にでもなってもらって、発展途上国のために尽していただくのが、人類のためではないかと思うことがよくある。国内にいると、老害をまきちらすだけだ。(もっとも、中にはそうではない方もいるのだろうとは思うが。巡りあわせが悪いのか、私のところに来る苦情処理の案件の多くはこの年代の人からのものだ。)
憎まれて死ぬならむしろ、異国の地で感謝されて死んでほしい。それがいちばんだと、心の底からそう思う。

この記事へのコメント

訴訟マニア
2011年07月28日 19:13
訴訟マニアなら証明責任は原告にあることを知っているはず。
証明責任が果たせないと、必ず原告は敗訴します。
そいつはエセ訴訟マニアだと思う。

原告が証明責任が果たせ、かつ、被告の違法性が明らかであるのなら、本人訴訟であっても、どんな大企業相手でも勝訴できます。
私も訴訟マニアですが、訴訟を起こす際は、「原告が証明責任を果たせること」「被告の違法性が明らかであること」の2点を重要視します。
どちらかもしくは両方が欠けていれば、原告敗訴の可能性が高いので、訴訟は起こしません。
(私は100%勝てる訴訟しか起こしません)
事実、私はそれで東証一部上場企業に本人訴訟で勝訴したことがあります。

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