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zoom RSS 京大こそ、猛省すべき〜「自由の学風」の落とし穴

<<   作成日時 : 2011/03/05 10:51   >>

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仙台の予備校生による京大入試カンニング報道。
さまざまな面でショックを受けた。
カンニングをやった受験生がいると聞いたときに、最初に湧いてきたのは怒り。
京大の数学と英作文は、文系学生にとって最難関だ。
そこさえクリアすれば、京大に受かるのはそれほど難しいことではない。
その解答を人に頼って合格できるのなら、全ての受験生はそれまで何のために苦労して勉強してきたのか。
その努力を踏みにじるのは、絶対に許されることではない。
しかし、予備校生が逮捕されるまで、新聞の一面で報じ続けられ、追い詰められ、自殺が心配されるほどになるにつれて、この対応はおかしいと思うようになった。

今回は、警察の力を借りなければ、カンニングした受験生を突き止めることはできなかっただろう。
しかし、大学がやるべきことは、この受験生を失格させることで十分で、偽計業務妨害とやらの刑事犯にすることではない。
受験生を警察とマスコミに突き出すようなマネは、やめるべきだ。被害届はもう撤回したほうがいい。

インターネットを使った前例のないカンニングという斬新な手法が世間の注目を引いて大騒ぎになったが、京大も自分達に落度がないことを強調し、事を大げさにしすぎた。
なぜ、そんなに騒がなければならなかったのか。
そこにむしろ問題が潜んでいると思う。

京大は、入ってしまえば卒業の簡単な大学だ。
(私は理系のことはわからないので、主に文系のことを言っていると思ってください。)

語学と、体育と、学部のゼミだけきちんと出席すれば、あとはレポートを出すだけで単位をとれる。
何時に行こうと勝手。専攻に定員はほとんどなく、学部に入るときに希望を出せば、成績にかかわらずすんなり入れてくれる。
先生方は「自由」と「独創」を強調し、「人に指示されたことをやっているようではダメだ」「大学に毎日来ているようでは独創的な研究はできない」「過去の偉大な先輩は、こんな風に変人だった」と口々に言い募り、いろいろと具体例を挙げて教えてくださる。

ところが。
「だから、今日の講義はこれでおしまい」と1時間半の講義を30分で切り上げていいのだろうか。

もう亡くなったが、マスコミに人気のあった教養部(数学)の森毅教授の講義は、大半が漫談だった。
数学の苦手だった私も、答案にぜんぜん関係のないことをあれこれ書いたら、通してくれたように記憶している。
教養部のフランス語の教授だった生田耕作先生も、30分遅れてきて、20分簡単なテキストを説明して、あと、ときどきフランスの小説や映画について短いコメントをして講義を終わらせていた。

全員がそうだという訳ではなく、真面目に講義を続けている先生も多かったが、要するに野放しだったのだ。

大学は研究機関であって、教育機関だとはさらさら思っていない。学生をどう養成しようというようなビジョンは、「自由にさせる」「束縛しない」という以外には、何もない。

「自分で考える力のある優秀な学生を採用し、あとは好きにさせる」だけならば、教授は楽だ。研究に専念すればいいからだ。

学生も楽だ。これまで勉強漬けできた反動で、好き放題自堕落に過ごすことができる。そして、大半の学生が実際にそうなる。入学したときは優秀でも、2年もすればタダの人。
カンニングした受験生を口をきわめて罵るかもしれないが、自分ではそんな問題、もう解けなくなっている。

大学も楽だ。「自由にさせる」以外のことをしようとすると、学生が猛烈に反対するので、何もしない。地震が来れば確実に倒壊する、吉田寮(木造築100年)や西部講堂(木造築70年)が、廃墟に近くなりながら相変わらず存在していること自体、想像を絶する事態だ。

ところが、こうした学風は何に支えられているのだろうか。
京大の学風は、「入学試験で優秀な学生を採る」ことができなくなれば、一瞬で崩壊する。
そのせいで、今回のカンニング事件に大学が過剰に反応したのではないかと、私は思う。

「自由」という名のもとに、大学の関係者全員が、温泉気分でダラダラ過ごすことは、もうできなくなっている。
気がつけば、時代遅れのガラパゴス。
これまでもよく言われたことだが、
「東大は平均して優秀な学生を育てる」
「京大は一部の飛びぬけて優秀な学生と、その他大勢を育てる」
その通りだ。
独創的な学生を育てる、権威主義的でない土壌はそのままに、京大は教育機関であることを真正面から認識し、優秀な学生を堕落させない環境を作らなければならない。

京大は、以前から自殺率が高い。皮肉なことに、管理のきつい筑波大と自殺率No.1を競っていたはずだ。
学生のカウンセリングをしていた教育学部の自殺学の教授は、学生に「先生は自殺した学生の生き血を吸っているから、そんなに髪が黒々としていられるんですね」とドラキュラ呼ばわりされたという。
その先生は自殺率が高い理由を「京大は修羅場だからです」と言っていた。要するに、ひたすらに放置されるのだ。
大学の放置プレイの結果、五月病にかかった学生が死ぬ。オーバードクターでいつまでも就職できない研究者が死ぬ。

そんな状態をいつまでもそのままにしておいてはいけない。
入学しさえすれば、あとはダラダラしても卒業できる環境にしていてはいけない。
希望を抱いて入学した学生を放置して、迷路に迷い込ませてはいけない。

世界的な大学のレベルからすれば、教育機関としてはまったく低水準であることを今こそ自覚すべきだ。
この事件を、徹底的な大学の再生の機会にしてほしいと、心から思う。

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