金城武と『K-20 怪人二十面相・伝』

画像

去年、小一の息子と『レッドクリフ』を見に行って、ちょっと血しぶき飛びすぎで刺激が強かったので、今年は『K-20 怪人二十面相・伝』にしてみた。
アクションと笑いとCGのナイスブレンド。親子で楽しめる映画に仕上がっていた。
息子に「あのサーカスのお兄ちゃん、この間の映画で鳥の羽あおいでた人だよ。わかる?」というと「え~」とびっくりしていた。「でも日本語しゃべってるよ」というので、「日本人だもんね。中国語ベラベラだけど」というと、「すげえ」と感心していた。
そういえば、映画の中で泥棒修行を続ける金城武が、高い鉄塔からワイヤーで急降下して「すげ~!俺」とつぶやく場面があるが、監督の佐藤嗣麻子によれば、これは金城武のアドリブだそうである。
「金城くんのシーンは、彼が現場でアイデアを出すので、段取りやカメラのセッティングが毎回変わるんです。芝居もアクションも現場で作っていきました。ただ、どのシーンにもコメディの要素を入れたがるのはちょっと困りましたね(笑)。最後の対決のシーンに入れようとしたときは、さすがに“ここはやめよう”って言いましたよ(笑)」
これは香港や台湾での映画作りの影響のようだ。香港映画では現場のアイデアで脚本がどんどん変えられていく。デビュー当時、なんとなくアイドルをやっていた金城武が、その楽しさを教えられたのは、ウォン・カーウァイの『恋する惑星』(1994)の現場だ。

「彼のスタジオで…彼の世界で仕事をしたとき、何をやっているかわからなかった。まず台本がない。カメラマンのクリスさんはいつも酔っぱらっている外国人のオッサンだし(笑)。でもみんな自分のスキルを出すことを求められたし、それを楽しんだんです。“みんなと何かを一緒に作っている”って実感して。こんなに楽しいことはなかった。それで映像を勉強しようと思った。僕がそこに参加するには、俳優という身分がもっとも適切だったから、俳優ということを意識し始めたんです」

「僕がやってきた役者のスタイルは香港式だから台本を覚えて何回もリハーサルをやってというのは、難しいかもなあ。香港では台本は頻繁に変わります。すばらしい脚本だと思ってやっても、『アレ、全然話が違うじゃん!』ということになる。でもそこからのジャンプ力ですごいものが生まれる可能性はある。逆に全然変わらない日本の台本の場合は、撮影に入っていろいろな困難にぶつかっても『いや、台本がこうなんで』って(笑)。そんなの変えればいいのにね」
http://r25.jp/b/honshi/a/long_interview_details/id/1022008101601_03

こういうスタイルを監督が尊重して、一層コミカルなタッチの映画になったのだろう。

金城武が象徴しているのは、軽やかな「自由」の感覚だ。長身にもかかわらずキレのある身のこなし、涼やかな目元、人に強制したり迫ったりしそうにない話し方。台北日本人学校を経て高校からアメリカンスクール。映画『ニューヨークデイドリーム』の撮影以来、ニューヨークが大好き。
「ホテルの部屋からローラーブレードを履いて出る。でかいイヤホンをつけて上半身裸で短パン一丁。そのまま公園へ行ったり、街中を走ったり。すごく解放感がある夏を過ごしました」
(Invitation 2009年1月号)

『K-20』について言うと、時代設定にこだわって背景を作りこんだところに感心した。「第二次世界大戦のなかった1949年の日本」だから、表現がいささかオーバーになったところはあるにせよ、陸軍省のナチスドイツ風のサイドカー付きバイク、ドイツ語で操作方法が書かれているテスラ装置、独語表記でPOLIZEIとなっている軍警の飛行機…それに、毛筆、旧漢字で書かれた泥棒修行の秘伝書等々。機械好きという国村隼がうれしそうに役を演じているのが印象的だった。


よろしければこちらもどうぞ。
土曜ドラマ:上海タイフーンの最終回

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック