『日米同盟の正体』(講談社現代新書)を読む(2)

引き続き引用する。
10.米軍はなぜイラク支配に失敗したか(164p)
 筆者はイラクにおける米国軍の動きを映像で見て、これはもう駄目だと思った光景がある。イラクでは親戚以外、いかに親密でも家の中の家族区域に客の男を入れない。ここは家族にとっての最後の砦である。皆それを知って行動する。しかし、映像は銃をつきつけ、家族区域に土足で入る米国兵を映していた。安全保障の見地から正当化できても、イラク人との関係では険悪化すること間違いなしの行動である。

11.オサマ・ビン・ラディンの戦いの目的(179p)
 多くの人はビン・ラディンはイスラム原理主義でイスラム圏への西洋文化の浸透を憎み、西洋文化の象徴である米国を攻撃したと考えてきた。しかしこれは正解ではない。(中略)
 ビン・ラディンは対米国戦争を呼びかけた。それは事実である。彼は1996年、「二聖地(メッカ、メディナ)の地(サウジアラビア)を占拠している米国に対する戦争宣言」を発表した。…この宣言はアラーの名の下に米国軍のサウジアラビアからの撤兵を求め、これが達成されない限り米国軍を攻撃するというものである。(中略)
 …多くの人は9・11同時多発テロ事件の実行犯のほとんどがサウジ人であることに首をひねったが、ビン・ラディンの戦争目的からすればきわめて自然であった。
 …米国人のほとんどがこの戦争宣言の存在すら知らない。なぜか。
 検証すれば9・11同時多発テロを招いた米軍のサウジ駐留の是非が問われる。ブッシュ政権非難につながる。したがってこの問題を避け、イスラム過激派や一般的なテロ行為の危険が言及された。9・11同時多発テロ事件以降、この事件の本質を見なかったために、米国の大迷走が始まった。
 では、ビン・ラディンが要求したサウジアラビアにおける米軍は、その後、どうなったか。これも大々的には報じられていない。…米軍は密かに撤退したのだ。

12.ミサイル防衛は期待できない(237p)
 筆者の見解に近いものに、クリントン政権で国防長官を務めたウィリアム・ペリーの考えがあるので、関連部分を抜粋、要約する。

・(米国は)抑止だけに依存するのは賢明ではないとして米本土ミサイル防衛(NMD)システム開発を表明した
・実際の攻撃の場合には、おとり弾やレーダー探知妨害用金属片、レーダー攪乱、あるいは核によるレーダーの機能不全化など、技術あるいは戦術的な対抗措置を通じて相手はNMDシステムをかいくぐろうとするだろう
・歴史的に見て、向かってくる爆撃機を撃墜できる確率は3~30%である。もちろん、対空防衛と弾道ミサイル防衛を比較するのは問題がある。しかし、弾道ミサイルを迎撃する方が爆撃機を撃墜するよりも簡単だという議論を、説得力をもって展開するのは難しい
・ミサイル防衛システムが巡航ミサイル、爆撃機による攻撃に対しても実質的に無力であることを認識すべきである。…

 …日本は相手がミサイルを撃って数分で反応しなければならない。ある米国関係者は、撃ち落とせるのはまだミサイルが最高速度に至っていない最初の二分間が勝負と言う。その際は現場兵士の瞬時の判断に依存する。ミサイルはまだ相手国領空内である。
 さらに核攻撃を行おうとする際には、ミサイル、航空機等様々な手段を使って攻撃をかけてくる。これらの敵の核攻撃に対し防御を築くのは技術的にはほぼ不可能であろう。
 …日本がミサイル防衛に巨額の資金を投入することは、間違った安全保障概念に道を開き、防御の優先順位の付け方を間違う可能性が高い。

13.日本独自の道を再評価する必要性(248p)
 今日、日本くらい、国内秩序が優れた国は世界中にほとんどない。昭和30年代の日本は、経済成長の過程で、鉄鋼や自動車など重要産業分野で国際水準に追いつく努力をする一方、弱者を国際的にも国内的にも見捨てなかった。
 国内では、地方、農村、中小企業等弱者支援のシステムを作った。国際的には円借款で発展途上国が自ら立ち上がるのを助けた。(中略)
 かつての日本外交は、悪と判断された国も切り捨てるのでなく、西側の価値観を共有できる国へ誘導することを目指した。この努力は今日の日本に対する好意的視線を形成する上で大きく貢献した。
 支援の中核となる円借款の貴重な資金源は郵便貯金であった。しかし、日本は郵政を民営化した。地方、農村、中小企業等の弱者支援のシステムは今後崩壊していく。われわれは本当に弱者救済のシステムを捨てなければならなかったのであろうか。将来、弱者切り捨ては社会不安として必ず反動が出てくるだろう

画像

引用はここで終わる。最後、郵政民営化と国際支援の話まで出てきて、そうか、と呻らされた。

実は最初に言及した「中央公論」での岡崎久彦との対談では、先輩で元上司の岡崎氏が孫崎氏を「戦略がない」と批判しているところから始まるのだが、そう言う岡崎氏の「戦略」とは「七つの海を支配しているアングロ・アメリカン世界との協調、これ以外に絶対ない」のだそうである。
それが「戦略」といえるのだろうか? 丸ごとの追随ではないのか?
岡崎氏は「集団的自衛権というのはどこまでなのか?」と聞かれて「もう全部だ」と返答している。「日本がサマワに行ったのは日本の戦略だ」と言うのだが、孫崎氏は「私は行くべきではなかったと思う」と返している。
「間違っているものについても常についてこなければ、同盟が続かないということはない。アメリカのアフガニスタン戦略が間違っているのであるとすれば、私はそれに協力しないということが、日米の同盟を損なうものではないと思っている」と言い切っている。

ついでのことながら、この対談の終り近くではこんな話も出ている。
孫崎 ごく最近、アメリカのある当局者からこういう言い方を聞いた。『これから一年かけて、アメリカは中国と戦略とファイナンスの問題をものすごいハイレベルでディスカッションします』と。それで、問題は日本。一体どのレベルがそれを受けて立てますか。そんな能力ないでしょう。
岡崎 ない。独裁国家なら一応カリスマもあり個人で話し合える人間を出してこられるが。」

この本を読んでいて、外務省という官庁はさんざんバッシングされてきたが、自ら考える力の陶冶と豊かな教養という点では、どの官庁よりもすぐれたところがあったのだと、改めて気づかされた。
しかし、それでも戦略には弱い。外務官僚といえども、この孫崎氏の本をまったく無視している様子を見ると、妙なセクショナリズムと保身にとらわれて、広い視野からものごとをとらえることができていないのではないかという危惧を感じざるをえない。

佐藤優氏や孫崎氏のように、外務省からスピンオフして、外で積極的に言論活動を行う人がもっと出てくると面白いかもしれない。

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  • フェラガモ 靴

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