記憶の中の風景を描きたい~新海誠の映像詩~

「秒速5センチメートル」DVDについている新海誠監督のインタビューを見た。
新海誠が描きたいのは、ストーリーではないことがよくわかった。
ひとつひとつの印象的な風景にまつわる心象の描写。そのきれぎれの連続。
「写しとるのは印象であって、写実は意識していない。」「実在のものほど細かく描かないというコントロールをしている」
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こもれ日に代表される光の描き方が、印象派の絵画を思わせる。
この発言などは、モネが言ったと言われてもそう信じてしまうような内容だ。
これは「ジヴェルニーのモネの庭の小道」
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秒速5センチメートルのロケ地写真を見ると、実在の風景はアニメの映像ほどには美しくないことがわかる。それは記憶というフィルターの中で美化された風景なのだが、真実が記憶の中の印象にあるとすれば、その印象を正確に、より深くとらえたのが秒速5センチメートルの風景ともいえる。
(この写真はmitopyさんのhttp://byousoku5cmcosmo.blog34.fc2.com/よりお借りしています。)
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スーパーリアリズムという絵画ジャンルがあり、まるで写真のような絵を描いている画家の一群が、主にアメリカにいる。
ところが、その絵を見ても、よく似ているという印象を持つが、感動はしづらい。見ている人の心象が伝わらないのだ。新海誠の描く風景は、スーパーリアリズムの洗礼を受けながらも、ディテールを省き、見る者の主観というフィルターを通して真実に到達しようとしている。その姿勢は、現実には存在しない風景を描くときに、より明らかになる。
たとえば「秒速5センチメートル」第二話の「コスモナウト」冒頭に出てくる、別の惑星での夜明けの光景。この風景が、全編のなかで一番美しいと感じられるのは、偶然ではないだろう。

新海誠は、ストーリーテラーではない。
「雲のむこう、約束の場所」を見ていて、あれ、と思ったことがいくつかある。
たとえば…
重大な結末を招くはずの塔の爆破が、あまりにもさらっと描かれていること
伏線として提示されていた謎(塔とヒロインが眠り続けることの関係など)が十分に解明されないこと
登場人物の間で自ずと予想される葛藤(たとえば三角関係)があまり描かれないこと

おそらくは、通常ならストーリー展開の核になりそうな謎や人間関係や世界観よりも、
登場人物のいちずな思いと、それが届かないせつなさを描きたいのだ。

「コスモナウト」で、ロケットが打ち上がる光景を見ていて、ヘルマン・ヘッセの「青春は美わし」で、去っていく兄のために弟が打ち上げた花火を思い出した。

どうなんだろう。
ヘッセは小品から始めて、最後には「ガラス玉演技」のような長編を書いた。
新海誠が影響を受けたと言っている村上春樹も、「風の歌を聞け」のような、印象的な短編から始めて、今では堂々たる長編作家になっている。

新海誠がこれから、宮崎駿や村上春樹のような世界的メジャーに育っていくためには、ストーリーテリングはどうしても必要なのだが、彼の製作したCM映像や、minoriでのオープニング映像を見ると、それを要求することが本当に好ましいことなのか、躊躇してしまう。

信濃毎日新聞CM

オープニング映像 ef - the first tale


おそらく彼は、純粋さを追い求めているがゆえに、どろどろした人間関係や、闘いで傷つくことや、恋愛にまつわる性的な要素を捨象して、せつなさや、喪失感や、孤独感を、癒してくれる映像を描き続けているのだと思う。

そのことをわかった上で、新海誠の今後の作品を見続けたいと思う。
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